悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

読書家たち

彼女は中学三年生の春に転校してきた。三年生になる直前の春休みに地元の図書館へ行くと、知らない女の子が本を読んでいた。図書館には小学生のころから通っていて同年代の人に会うのは稀で、しかもそれが見たこともない人ということは一度もなかったような気がする。とても驚いた。図書館は片開きガラス戸の出入り口わきに貸出カウンターがあり、というより貸出カウンターのわきに出入り口があるといった方が良いかもしれないほど出入り口はこじんまりとしていて出入り口かどうかわからないくらいで、カウンターと対面の壁は一面ガラス窓で、カウンターとガラス窓の間にはカウンター側にあったのが書架で、窓ガラス側が閲覧スペースで、閲覧スペースは四人掛けの机で、数は三組とか四組とかで、さらに窓ガラスに沿ってソファが置かれていた。つまり窓ガラス沿いのソファは入口からもっとも遠いところにあり、ソファの一番端に彼女は座って本を読んでいた。遠くから様子をうかがった。仲良くなれたらいいなと思ったかもしれない。何を読んでいるのか知りたかった。気づかれないくらいに離れた距離からそっと盗み見るのは難しいようだけども、当時はとても目が良く、加えて好奇心というのはいくらか視力を良くする力もあるのだろう、簡単に表紙のタイトルを読むことができた、はずなのだがそれが何という本だったのかはすっかり忘れてしまった。だから本当は見えていなかったのかもしれない。視力が良かったと言っても、学校の検査では1.5までしか測定せず、本人は測定すれば2.0くらいあるようなつもりでいたのだけど、そんなこともなかったのだろうか。

その後、春休みが終わり、彼女が転校してきたことを知った。結局、中学三年生の一年間彼女とは一言も話さないままだったと思う。話したかもしれないけど、まったく覚えていない。クラスでは友達もいただろうし、同級生の不良っぽいというかka-tunのメンバーにいそうな感じの男の子と一緒に帰っているのをよく見たから彼氏もいたのかもしれない。高校生のときに同級生とたまたま彼女の話になり、彼女が別の男の子と付き合っていたというのを聞いた。別の男の子の方が話題で彼が彼女と付き合っていたという話だったか。どちらかの記憶が間違っている可能性もあるし、そうでない可能性もある。どちらでもいい気がするし、おそらくその時もそう思ったと思う。中学三年生の一年間、彼女が春夏秋とだんだんと図書館で見かける頻度が減ってきたことで、おとなしい文学少女が中学三年生という微妙な時期に引っ越してきて、はじめのうちは図書館で暇をつぶしていたけど、だんだんと友達も増えて寄り付かなくなったというストーリーを勝手に思い描いていたということを思い出したけど、思い描いたのがいつのことかはわからない。さらに、大学生になったころ、久しぶり彼女を図書館でみかけ、ああ本を読んでるんだ、と妙感動を覚えた気がするのだがこれなんかこの文章を書きながら浮かんできた適当なうそのような気もする。

書架を抜けて閲覧スペースに出ると、背丈より高い本棚に回りを囲まれなくなったためかとても開けた空間に感じる。壁一面の窓ガラスのせいかもしれない。窓ガラスには白いカーテンがしかれていたものの、光は薄いカーテンを抜けてくる。カーテンが光ってみえる。館内には電気はついていなかった。壁は打ちっぱなしのコンクリートで、打ちっぱなしのコンクリートの壁に冷たさを感じるようになったのはいつからか。コンクリートは光を反射するのだろうか。壁が青々として見える。コンクリートに囲まれた室内は音が響くのか。コツコツと靴の音はしたか。床にはカーペットがしかれていた。足音はしない。細い光がさしてカーペットの表面の埃がみえる。カーテンから射し込む光? カーテンはしまっていたが風が吹いていた。窓はいくらか開けられていた。三月に? 窓は開いていてそこから風が入ってくるとカーテンが揺れて隙間から光がさしカーペットの埃が揺れているのが良く見える図書館のソファに彼女は座っていた。ソファに深く持たれて、膝のあたりに文庫本を立てるようにしている。髪は長い。窓からの風に髪は揺れていたか? 顔は見えない。