悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

読書/日記

その日


仕事。
仕事はとても辛い。
どんな世の中になろうとも、怠け者はダメな人である、とされてしまいそうだ。怠け者はどう転んでも世の中の敵になるのではないだろうか。

ダメな人とされている人がいる。しかし、この人は実はこういう理由があってダメに見えるのだ。とか、ダメの基準が間違っている。などと言う理屈はよくきく。けれど、ダメな人とされている人がダメなまま良しとされることはあるんだろうか。

怠けることが悪いことだと名指されたとき、怠けることで叛旗をひるがえしてやろう。

津野海太郎『歩くひとひもの』
現代詩文庫『堀川正美詩集』を少しづつ読む。

その日


仕事。
現代詩文庫『堀川正美詩集』
穂村弘『きっと、あの人は眠っているんだよ』
少しづつ読む。
穂村弘の本は、読書日記と書かれているが雑誌連載で読書日記風。
引用がとても良い。こういう風に引用できたら素敵だな、と思う。
短い(短すぎる)引用で、それ自体が作品のようで、それは良いことなのかどうか迷いもするけど、表現になっているのだと思う。
そのこととは別に、漫画の引用も面白い。
会話だけを切り取り、ひとつのセリフを一行で行分けして引用するのだけど、こういう引用の仕方はよくあるものなのだろうか。自由詩と定型詩の引用する上での違いを論じたりするあたり、気を使っていることが伺われる。

その日


仕事。
とても、疲れた。
明日は休みなのでたっぷり寝る。


その日


休み。
美容院へ行く。
現代詩文庫『堀川正美詩集』を読んだ。
図書館で佐々木幹郎『パステルナークの白い家』を借りた。書肆山田から出ている「りぶるどるしおる」ってシリーズすごく好き。装丁も収録作もとても好み。


その日


仕事。
明日も朝が早いので早く寝る。
貞久秀紀『雲の行方』をぱらぱら読み直す。やはり面白い。みたものについて、あるいはみたときの感じ方みたいなことについて、書かれているように思っていたけど、見たり、見て感じたりするとき現れる『言葉』にさらわれるようにしてイメージが転がるといえば、いいのか。さらには現れたイメージがただ比喩的なものに終わってしまわずに、そのイメージを捕まえて思考を続けていくときの奇妙さがユーモラスでもあり、楽しい。わたしの語彙が少なくて上手く言えないような気がする。しかし、『雲の行方』も語彙は少ない。簡単に他の人の言葉に託さない姿勢が粘り強さに感じる。とはいえ簡単に真似できることではない。

雲の行方

雲の行方