悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

読書/日記

その日


仕事。
カーソン・マッカラーズ村上春樹 訳)『結婚式のメンバー』を少し読む。
12歳の少女が主人公の話。映画に関しては子どもか犬が出てくるものが好きなのだけど、小説はどうだろう。主人公のフランキーは言い得ない不安に襲われ、少し邪険に思っている従兄弟である6歳のヘンリーを家に泊まるように言う。

ジョン・ヘンリーは既に眠っていた。暗闇の中で寝息が聞こえた。その夏、ずいぶん多くの夜に求めてきたものを、彼女は今手にしていた。こうして誰かが、自分のベッドの中でとなりに眠っているのだ。

暗闇の中でも、誰かがとなりで一緒に寝てくれていることで、もうそれほど怖さを感じなくなっていた。

まだ読み始めたばかりだけども、いい感じ。寂しさと誠実さとが揺れるときの哀しさみたいなことを思う。
引用した一節を読んだとき、近頃は睡眠がとても好調だということを、ふと思いだした。眠る前の時間は幸福ですらある。何かを手放すことは必要なことなのだ。何も持っていないような気がしていようとも既に持ちすぎているのだろう。自分や意識はそうしたものの最たるものなのだと、思う間もなく眠っている。


その日


仕事。
晴れていた。
『結婚式のメンバー』を少し読む。
まだ途中なので、感想もない。本当にそうか。読んでいる途中でも色んなことを思う。
(フランキーという12歳の少女。より無垢な存在である6歳のヘンリー。ヘンリーの存在がフランキーの多感さを際立たせているようだ)
読み終わったとき、それらの断片的な感想は見当外れだったと思うかもしれない。読書中のかすかな記憶を、読み終わったあとの全体のイメージを通してひとつの感想を得るのだろうか。

先日読んだ佐々木幹郎『パステルナークの白い家』に「十歳のおそろしさ」という文章がある。
子どもによる犯罪を目の前にしたときなどに出てくる、今どきの子どもはわからないという言い方に対して、では自分自身の子どもの頃について自分はわかっているのだろうか、と著者は振り返る。
著者は十歳のとき、父に言われて絵を描く。必死書いたが上手くいかず、それでも父は上手いじゃないかと言われ、そのことを十歳のときの著者は不満に思った。そして、

四十年たってその絵皿を見たとき、十歳という年齢から判断して、こいつはなかなかうまいじゃないか、と思っているわたしがいた。その瞬間、ああ、あのとき十歳だったわたしは、そういうおとなの判断がたまらなく嫌だったのだ、ということに気がついた。年齢から逆算して、価値判断をするおとな。子どもらしく描いたときは喜ぶおとな。それに応じるわたし自身。それが嫌で何とかしておとなを追い越してやりたい、と思っていた十歳。

過去の自分は思いのほか遠い。他者と言ってもいいのかもしれない。ひとつながりの自分だと思っていたものが、まるで途切れているように感じるとき、過去の自分をどう扱ったらいいのだろう。
12歳のフランキーの感情を、12歳の僕を通して見ることは難しいだろう。それでも遠く思い浮かべてみたくなる。


その日


休み。
なぜか、名探偵コナンの映画を観に行く。
休日ということもあってか、日中の回はほぼ満席で驚く。満席の劇場は昨年フィルメックスで台北ストーリーを観た時以来な気がする。コナン映画のお約束が満載で、コナン映画はずいぶん久しぶりに観たけど意外と楽しめた。
『結婚式のメンバー』を少し読む。主人公のフランキーは二章から表記がF・ジャスミンに変わる。それはフランキーの決意による。F・ジャスミンの頑なで、危うげな世界へのまなざしに、なにか悪いことが起こるのではないだろうか、とそわそわしながら読み進めた。


その日


仕事。
公休出勤だった。クソ。
『結婚式のメンバー』を読んだ。
フランキーはなんのメンバーでもない。兄の結婚式という出来事が、彼女が兄と兄の嫁とメンバーとなることへの希望をうむ。しかしそれは叶えられず、彼女の夏は過ぎていく。
フランキーは結婚式のメンバーとなる願いが叶わず、ひとり家出することを企てる。家を後にしようとしたまさにそのとき、寝ていたはずの従兄弟のヘンリーが姿を現す。フランキーはなんとかヘンリーをやり過すが、

ジョン・ヘンリーが引っ込んでから数分待った。そして手探りで裏口のドアに向かい、錠をはずし、外に足を踏み出した。彼女はとても静かに動いたのだが、彼はその音を聞きつけたに違いない。「待ってよ、フランキー!」と彼は必死に叫んだ。「ぼくも行くからさ」

ヘンリーの行動のせいもあり、フランキーの家出は頓挫する。
世界のどこにも所属できないという感情を抱いてフランキーはヘンリーをメンバーに加えようとはしなかった。
ヘンリーは余計なことばかり言う。フランキーの思った通りに行動しない。それは無垢ということでもあるのだろうけども、ようはフランキーにとってヘンリーは厄介でもあったのだ。
ぼくらは、しばしばそういう矛盾しているかのような行動をとる。
世界が自分に対してまったく寛容でないかのように思いながら、自分もまた誰かに対して寛容ではなかったりする。


結婚式のメンバー (新潮文庫)

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