悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

ソフトクリームソーダ

ユーモア

「あんまりにもユーモアがありすぎるせいでスベっちゃうんだ」と男は言った。わたしはあんまりにもユーモアがありすぎるせいでスベったりはしないと思った。 
「ユーモアというのはある文脈を理解しないと意味がわからないことが多い。つまり普遍的じゃないんだ。でもそういうのはよくない。ぼくのユーモアはそういうのを超越してるから、誰も傷つけない。でも誰も笑わない。あまりに高度なユーモアを、多くの人は理解することができないんだ。」 
「これも冗談?」 
「どういうこと?」
男は真顔で、ちょっと胡乱な目をしていた。 


ソフトクリーム

男はソフトクリームが好きだ。 
街を歩いてソフトクリームを売っているお店をみつけると、ちょっと通り過ぎてから「食べない?」という。いつもなぜかちょっと通りすぎる。わたしが食べない、と答えても男は自分のぶんだけソフトクリームを買って食べた。 
男はソフトクリームをなめながら決まって「街中でひとりでソフトリームを食べるのって恥ずかしいじゃない? だから人と一緒のときに食べておきたい」などと言った。
男はソフトクリームを食べ始めると夢中なようすで、「一口あげようか」などと言うもののそんな気は毛頭ない。いくらか食べてはソフトクリームをすこし顔から離し減った箇所をしげしげと眺めたりした。 
おそらく男はソフトクリームを食べることをかわいいと思っていた。 


ガードレール

男がソフトクリームを食べるとき、半分くらいはガードレールなどに腰かけて食べた。 
歩きながら食べるのが一番良いと思っていたが、休日なんかだと街には人がたくさんいて、うっかりソフトクリームをぶつけてしまうことを恐れたのだ。男は人差し指を頬に当て縦に一文字を描くように動かし「これもんに当たっちゃたらたまらないもんね」などと面白いことを言うかのように言った。 
本当の理由は二つあって、ひとつは男が7歳のころ三つ年下の妹と歩いていると、突然妹がむずがりだし、見ると妹の頭にリンゴ飴がくっついたという事件があったためだった。妹は泣きわめきリンゴ飴と合体した長く伸びた髪を切ることになってしまった。この事件が何らかの影響を男に与えたのだが、男はそのことに気づかなかった。もう一つ、男はガードレールなどに腰かけることがカッコいいと思っていたのだ。 
ガードレールに腰かける気だるさとソフトクリームのかわいさは悪くない組み合わせだと、男は直観的に思っていた。 


屋上

西武デパートの屋上は椅子や机が並び屋台のようなものがあったので、屋台で食べ物や飲み物を買って椅子に座って食べることができた。さっきまであんなに明るかったのにという間もなくふいに暗くなってしまうような季節だった。午後6時前には寒くてみんな帰ってしまうのではないかと思う人もいたかもしれない。しかし寒さ対策もいくらかは考えていたようで、ヒーターが置かれたりしていた。うっとりした様子の恋人たちや、勉強している高校生がいた。家族もいた。屋台では暖かいワインなんかが売っていて、寒い中で飲むのもこれはこれでひとつの楽しみだとでも言いたげに良い気分な様子の人たちがワインを飲んだりもしていた。なぜかソフトクリームのお店もあって、寒いのに食べる人なんているのかな、と言ってお店の前を通り過ぎるカップルなんかもいたが、買っている人もいたようである。