悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

読書/日記

その日


仕事。
前日がハードだったのと、とんでもない暑さのせいでヘロヘロ。
帰り道に図書館に寄って石川初『ランドスケール』を借りる。
大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』
現代詩文庫『岡田隆彥詩集』を少しずつ読む。

読むことを通じて、現実を解釈しているというか逆もあって出来事を通じて読むこともまた導かれるようでもある。時期的に文体がもっとも異様な時期だろうか。

 

その日


仕事。
明日から休み。
朝から曇っていて、午後から雨が降る。
夜になっても雨はやまず、外で夕飯を食べている間に傘が盗まれた。
『新しい人よ眼ざめよ』を少し読む。
今週はとても疲れた。

 

その日


休み。
西荻窪の古本屋をいくつか回った。
何冊か購入。
松本圭二が七月堂の木村栄治にインタビューしたものが載っているユリイカを買ったけど、これは最近航思社から出ているやつの折り込みに載っているんだったろうか。
明日は七月堂に行こうと思う。
あとは、吉岡実の『うまやはし日記』を買えて良かった。
たくさん歩いたのでとても疲れた。
雨は朝方には上がっていて、晴天。風が強かった。

 

その日


休み。
今日もちょろちょろ古本屋などに。
『新しい人よ眼ざめよ』を少し読む。

 

その日


休み。
明日で休みが終わる。
いい天気で、風が路地をぬけて、大勢の人が歩いている。
誰もが大勢の人として、きちんと歩いているようで、まるでぼくひとり除け者みたいだ。でもきっと、ぼく以外にも除け者みたいな気分の人はいて、その人から見ればぼくもちゃんと大勢の一人に見えるのだろう。
その中の誰かが大声で叫べばぼくたちは手を結ぶことができるのだろうか。
一発の銃声が響いて、
散り散りになる大勢のなかから、ただ孤独に足を竦めた『ぼくたち』。
白昼夢の幻想に倒れそうになった暑い春の日。

 

その日


休み。
明日から仕事だ。
例えば、世の中に一本の線を引く。
あちらとこちら。
こちらにおいでよ、と煽るような論法というのがあるように思う。
具体的に誰が、というわけではないのだけど。
どちらに誰がいようとどうでもいいのだけど、ぼくはいつだって線を引いた人からすれば、ダメな方にいるように思う。

昨日は女の子と遊んだ。
夕方の5時から8時まで居酒屋にいて、そのあと終電間際まで喫茶店にいた。
彼女は、ぼくの情けなさを許してくれる、あるいは諦めてしまった、というように駅の改札の手前わずかに手を握ってくれたのだった。

大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』を読んだ。