悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

読書/日記

その日


仕事。 忙しい。 ひさびさのいい天気。仕事などしてる場合じゃない。いい歳してどこかへ行かなければならないという思いに取り憑かれて過ごす。

今日は死ぬのにもってこいの日、みたいなタイトルの本があったように思う。内容は知らない。タイトルか気にいっていて、よく今日は仕事やめるのにもってこいの日、という言葉を思い浮かべた。

どんな日だろう。きっと晴れている。とても晴れていて、ぼくは鞄から書類の束を放り投げてそれは煙のように青空に消えていき、ぼくが社屋を見上げると、太陽が眩しい。日に焼けた空気を吸い込んで、いい日だなと思うわけだ。 前に仕事を辞めたときは、暗い気持ちで辞めた日の天気なんてちっとも覚えちゃいなかったわけだけど。

石川初『ランドスケールブック』を少し読む。

ケンカしていらい無視されてる友達に一月ぶりにLINEを送ったのだけど、音沙汰ないのでもうやめようと思う。気持ち悪いのかもしれない。友達がいない人間はやっぱり何か劣っているのではないだろうか。と反響している。


その日


仕事。 苦役だ。 青木淳『原っぱと遊園地』 石川初『ランドスケールブック』を少しづつ読む。

クソみたいな愚痴が山ほどあって、吐き出したり書きつけたりする場所がないなあと思っていたのだけど、そもそもそんなもん吐き出したり書きつけたりするもんじゃないのだ。

入沢康夫の詩に『石』というものがあった。短い散文詩である。

石の上で蜥蜴が眠り 蜥蜴の下で石が眠っていた

と始まる。

蜥蜴も石も夢をみて、石は起きているときも自らを雲だと思ったりする。 よくわからないけど、いいなと思う。 ぼくは石でも蜥蜴でもないし、石や蜥蜴が夢を見ているようには見えない。 だから奇異なものに感じるけど、実際のところ、きみやあなたが思ったこともわからないし、見た夢もわからない。それは「ぼく」についても言えるかもしれない。