悪い慰め

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読書/日記

その日

仕事。

室井佑月『熱帯植物園』を少し読む。 わりかし過激な筋だし、ちょっとしんどい読書だったかもしれない。

表題作のタイトルに惹かれて手にとった一冊だったのだけど、熱帯植物園についての描写は少ない。序盤で、高校生の主人公由美は歳が倍離れた彼氏とデートに行く。

都市再開発計画の予定図に描かれたような日曜の午後二時だが、あたしはずっと足の裏におぼつかなさを感じている。植物園の大温室は隣のゴミ処理施設の余熱によって温められているのだという。まさか匂いまでは供給されてないだろうが、そう聞いて一瞬でも眉をひそめない人間がいるだろうか。それどころか土やアスファルトの薄皮を剥いでしまえば、この島そのものがゴミなのだ。だだっ広く平らな敷地には、時おりとても強い風が吹く。

夢の島熱帯植物園だろうか。熱帯植物園が出てくるのはここだけだ。 とはいえ、派手な性描写や過激な筋、アンニュイな気分よりも、個人的には「熱帯植物園」という言葉に惹かれて手に取った分、花が気になる一編だった。

いまだ生理の経験のない高校生の由美は、そこことのために自分を女ではないと嘯く。由美は父親の愛人であり同じ名前の大人の由美と出会い。物語は始まる。二人の関係が中心となる。 出会いの場面で、由美は父の愛人である由美から赤い薔薇をもらう。赤は作中で繰り返されるイメージで、女の象徴であり血なのだけど、ラストで赤が炸裂するのは、少女である由美が女へと変わっていくものと読める。しかし、花はなくなってしまう。 熱帯植物園へ行った由美は、大人の由美と宮古島へ行く計画を立てる。しかし計画は頓挫してしまう。頓挫した経緯が原因で大人の由美はいなくなってしまう。すると代わりに出てくるのが同級生の富田だ。由美は富田にいなくなってしまった由美を重ねる。それは富田と大人の由美が赤い服を着ていることから連想される。 しかし富田は、赤い薔薇をくれた由美とは違い花をとってしまうのだ。〈グラスの上に蘭の花が飾られている。富田はつまんで脇に除いた〉。 蘭の花は、由美が大人の由美の性器に見たイメージだ。〈一瞬目に映った由美の性器は植物園の蘭の花にそっくりだった。楽園の花〉。 富田は楽園の花を除いてしまう。富田は大人の由美の代わりにはなれない。なので富田はいなくなってしまう。しかし、花もまたない。 ラストシーンで出てくるのは〈天井を這い、無数の炎の花を咲かせた〉という炎であり、花ではない。

花=女に憧れた少女が花を失ってしまった結果、同じ赤でも花ではなく、炎に纏われてしまったのだ、と思うと切ないような気もする。 そうなると、彼氏と熱帯植物園に行くシーンが印象的だ。

彼氏は、熱帯植物園で翡翠葛が咲いていると新聞で見た、と由美に告げる。 由美は彼氏に〈「好きなの?」〉と尋ねる。

「ずっと、見ていたいね」

「もし、あれが貴史にとって珍しくない花だったら?」

なんておかしなことを訊くんだろうというように、彼はあたしの顔を見て笑った。

「きれいなことには変わりないけど、もちろん有り難みは薄れるよね」

「ここまで見に来た?」

「来ないだろ。どこにでもあるなら」

「そうだよね」

「つまらない? 地味な花でがっかりした?」

「ううん。とてもきれいだよ」

貴史にそう見えるなら、と胸のなかで続けた。あたしは、きちがいのような大輪の花こそきれいだと思う。

翡翠葛は青緑色の花なのである。

熱帯植物園 (新潮文庫)

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