悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

日記4/20~23


4/20

眠いので早く寝る。
と思いつつ、1時ころまでぼんやり起きる。
よくない。
夜の寂しさは、きっと同じような気分の人もいるのだろうし、あんがい甘いものかもしれない、などと呑気坊主は思う。眠れずにうつ寝返りのきぬ擦れやため息だって聞こえてくるだろうに。

 

4/21

良い休み。
先日、切れてしまったハンモックを修復する。切れて落っこちてしまうのが怖いので、地面すれすれのところに吊るす。側からみたら間抜けかもしれないけど、良い。

笙野頼子『居場所もなかった』を読む。とても良かった。「居場所もなかった」と「背中の穴」という二篇を収録。どちらも引越しの話。

 

4/23

仕事。
笙野頼子「居場所もなかった」。

‥‥‥電話を切った後で山下清の絵のことを考えていた。繰り返し繰り返し細かいレンガなどを展開していき、丁寧に描写してあった作品群のことを。絵を観る側はその繰り返しに驚嘆する。が、そのレンガのひとつひとつを山下清が描いたのと同じ速度で見ていくわけではない。繰り返しはひとつの平面になって観る側の視界に入って来る。が、なんとなく全部を一度に見渡すということは活字に出来ない。いや、そもそも山下清の絵を見た人間はそのレンガが本当にひとつひとつ同じように描かれていると意識しただろうか。それとも繰り返しの法則とでもいうような約束事があってその中で全体を安心して眺めたのか。或いは、リアルというものは無意識のレベルでしか捉えられず、捉えた瞬間にはそれはもう意識出来ないものになるのか。

他にも、

(‥‥‥)これは作者の心象風景になり、現実のあの驚きからはまた一層遠くなってしまうのである。いや、そもそも本当にそんなことがあったのだろうか。

など。
書くことや書かれることの距離感についてのよう。
小説全体に、これらの文がどのように関わるのかわからない。けど、良い。
この小説では出来事を極端に誇張されたように、幻想的に、描写したりもするけど、このような距離感にたいする鋭敏なものがあるかと思うと緊張するし嬉しくなる。