悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

日記

2/06

仕事。
とくになにもしないまま時間が過ぎてしまった。
なにも積み重ねることができず、日々最初からやりなおしている気がする。
本は少しだけ読む。1日がとても軽い。昨日と今日、明日、それぞれの1日の繋がりが薄い。 良いことか悪いことか、わからない。そういう気分がある。
良いことだと思うとき、ほとんどの場合、わたしがどう思っているというより世の中の趨勢として良いことだろうというふうに判断しているように思う。もちろん、それはそれで良い。ただもし自分を世の中の隅のほうに追いやられていると思っているのなら、なにかふたつの感情のあいだには矛盾があるのではないか。

02/07

休み。

夏目漱石『明暗』を読む。
面白かった。話は単純といえば単純で家庭のなかの不和ともいえないような不和の予感。心のうつろいや猜疑、それを生む会話がおもしろい。登場人物もくせがあって津田を意のままにする吉川夫人や卑屈で執拗な友人の小林などと津田が対峙する場面も良い。個人的なハイライトは小林との二度目の会話と津田、妹のお秀、妻のお延が会する場面か。それと〈二人は何時になく溶け合った。〉ではじまる113回。話が津田とお延、両者に焦点が当てられつつすすんでいくなかで、この回では焦点がどちらともにさだまる。二人の関係に眼をむけるのであればもっとも和やかなシーン。

図書館へ行って、外山滋比古『乱読のセレンディピティ』という本をぱらぱら見た。
乱読のすすめ
文体が終始啖呵をきるようでおかしかった。内容はあまりわからない。
全部で16章あってそのうち第15章は「散歩開眼」というタイトル。散歩はいいという話。たしかに散歩はいい。著者はたくさん歩くらしい。その章のなかに〈散歩のような読み方〉ということばがあって良いものに思う。この本のなかで〈散歩のような読み方〉とは乱読のことを言う。これはよくわからない。ただ〈散歩のような読み方〉ということば自体は良い。

家にいて、なんとなく散歩でもしようかなという気分になることがある。それでも腰が重いのはけっきょく散歩へ行くためにはまず家からでなくてはいけないのだ。家から出ると道があって右へ行くか左へ行くかどちらかしかないのでどちらかへ行く。いつも同じだ。あそこへ行きたいなと思うところはあるものの、そこへいたるためには家から出ていつもの道を右へ行ったり左へいったりしなくてはならず、これにうんざりしてしまう。これはなんだか、さて本でも読もうかなと思ったときに、最初のページを開いて律儀に頭から読むときのうんざり感ににているように思う。

散歩は、さあ散歩に行くぞと力をこめてやるようなものでもないかもしれない。どこかへ出かけて待ち合わせに少し時間があるようなときに、ちょっとふらっとするのがいい。ああ、いまわたしは散歩してるな、などと思ったりしないほうがいい。本もこういうふうに読んだらいい。わたしにとっての〈散歩のような読み方〉はそのような感じだろうか。なんだか乱読に似ているような気もする。

02/09

仕事。
明日は雪が降るのだとか。出勤とかいろいろ面倒になると思うとゆううつ。いっぽう、すこし期待する気分もある。何にだろうか。非日常? そんなものかもしれない。違うかもしれない。非日常、と言ってしまっていい。非日常に期待している。
いまはもう非常時なのだと、言っていた、人もいるので非日常に期待するというのはなんとも呑気なことなのだろう。

本日は夏目漱石『こころ』などを少しづつ読む。
はじめて読む。話は鎌倉からはじまる。鎌倉は良い。憧れである。わたしの憧れは、あと、アラスカと海がある。鎌倉と海にたいする憧れは近いものかもしれない。

私は毎日海へはいりに出かけた。古い燻り返った藁葺の間を通り抜けて磯へ下ると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるのかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。ある時は海の中が銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。その中に知った人を一人ももたない私も、こういう賑やかな景色の中に裹まれて、砂の上に寝そべってみたり、膝頭を波に打たしてそこいらを跳ね廻るのは愉快であった。


ちかごろ、夏目漱石の作品をなんでかいくつか読んでいるのだけど、わりと前半のほうがおもしろい。門、行人、彼岸過迄あたりはとくにそう。こころもそんな感じがする。
ところで、こころはちくま文庫夏目漱石全集で読んでいる。こころは8巻で道草とセットになっており600ページ弱ある。先日まで読んでいた『明暗』は新潮文庫でこちらも600ページくらい。どちらも読んでいるときに持っているのがしんどい。分厚いせいだろうと思っていた。今日になって、どうやら手が震えるからだということに気がついた。大学を出て最初に就職したところをやめたころずいぶん手が震えて、いまでも少なからずそうなのだ。なんだか嫌な気分になる。