悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

日記

レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ〈1〉』を読む。

「寡黙な」というのはひとつの積極的な態度だ。全く動かないのに能動的であることはよくある。この短編集に出てくる寡黙な人たちはみんなそういった選び取った態度としての寡黙ではなくて投げやりな感じ。ちゃんと話し合ったり考えたりしなくてはいけないのに放棄するような態度にみえる。
疲れているんじゃないかと思う。あんまりにも疲れているから、話し合ったり考えたりしたくなくなる。
いや、それはわたしの話。

 

わたしは疲れていて、話をしたり考えたりする気分にならない。

「学生の妻」という作品が収録されていて、これは男が眠る話。男は眠るんだけど、妻である女は眠れない。女は男に話しかけたりするのだけど男は眠いからといって寝てしまう。女は眠れず不眠の苦しみが描かれる。
最近みたポン・ジュノの「ほえる犬は噛まない」という映画にも学生とその妻が出てきた。大学院生の男は妻に養ってもらっている。妻は妊娠していて出来ないことが多いため男にあれをしろこれをしろと高圧的な感じで言う。
女が男に命じて寝ている女の背中を男が掻く場面がとても良い。同じ方向を向いて横になった二人を真上からのアングルで撮っている。
この映画での二人の関係も話合うことが出来ずに起こるすれ違いが描かれる。
たしかにわたしたちは話し合ったほうが良いように思う。
話し合ったとして、理解し合えるかどうかとか他者とかそんなことはまだ先の話。

 

まず話し合わなくてはならないのに、

なにもしゃべることができないまま時間だけが過ぎていく。
その日の出来事を話すためには職場での人間関係を把握している必要があるような気がして、しかしそのことはこれまでにまったく話したことがなかったし、話せばややこしくなるから、話さなくて良いだろうと思った。
「今日さ」と口にしてから、そのようなことを思ったので不意に黙りこんだわたしに相手は「今日、どうしたの」とたずねる。
わたしはすっかり話すことがめんどうに感じていたので「なんでもない」といった。

「なんでもないってどういうこと」
「いや、ほんとになんでもない」
「じゃあ、なんで言ったの」
「え?」
「今日さ、ってなんで言ったの」

説明しないことを説明することもめんどうだったのでわたしは黙ってしまった。
相手はしばらくのあいだなんだかんだと言っていたけどなにも言わずにいるとそのうち相手も黙ってしまった。
「どうしたの」とわたし。
「無視するから」と相手。