悪い慰め

感傷癖から抜け出すためのレッスン

2021/03/22

ビルの影にはいるととたんに寒い。
猫がすばやく通りぬける。
誰かが非常階段を降りる音がする。
物語はあちこちに身をひそめているという説もある。
彼はそれを信じて細いダクトをたどって消えてしまったが、行方はいまだ知れない。
私はといえば、身を縮めて日向へ出る。
そういえば、寒い時、ことさら寒いふりをしてしまう。なんというか、肩をいからせぶるぶると、いかにも寒そうにしてしまう。
あれはいったいなんなのか。名前はついているのか。
名前がつくと料金が発生する。
言葉は私に対してよりも、資本主義に対して、はるかに良い顔をする。
もとより、言葉はただの一度も私のものであったことはない。
そもそも他人のものだし、せいぜい「私たち」くらいではないか。
そう思っているからだろうか、言葉が私だとは思ったことがないし、また、こうありたいやこうでなければならない私をたくしたこともない。
なんだ今夜は強気じゃないか。
私は言葉を手放し、言葉は私を見返す。
その交わりの立像はゆらぎつづけ、私はそこに私をみつける。あるいは見つかる。